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尾張国小折村富士塚碑 -小牧長久手合戦 徳川家康の物見-
概 要 尾張国内の合戦における徳川家康の足跡上に立ち龍を刻んだ笠を載せ、石造物としても見ごたえがある。 資料名 尾張国小折碑年 代 天和2年(1682)所 在 丘... -
旧蹟碑(生麦事件碑) - 横死英国人への弔い -
概 要 江戸末期の外国人殺傷事件として著名な生事件を記す碑。 文久2年(1862)8月、江戸から京都へと東海道を進む島津久光はじめ薩摩藩の行列は、武蔵国生麦村... -
梧陵浜口君碑 -南紀の浦に松茂る-
概 要 幕末から明治期に民政・産業・防災など多方面に活躍した浜口梧の顕彰碑。 梧陵は紀伊南部の広村に拠点を有して醤油醸造を行っていた(現ヤマサ)。青年期... -
感恩碑 -大地震と堤防-
概 要 和歌山県南部の広による防潮堤(広村堤防)の造成について多くの文章が費やされている。これらの偉業に思いを致して愛護し、不測の自然災害に備えることを喚起... -
桶陜弔古碑 -三軍覆り 野は茫茫-
概 要 尾張桶狭間(豊永)と親類。現地を眺め弔古心の起こった彼らは、戦跡を荒廃させまいと願う心が生じたという。したがって本碑造立の目的とは、弔古の情を読者... -
明治十八年洪水碑 -淀川氾濫と堤防修築-
右手奥 信号の側に立つ 概 要 明治18年(1885)に起こった淀川大洪水の記念碑。この年の梅雨はひどい長雨で、ひと月に渡って降り続けた。増水により堤防は大きく崩れ... -
龍光院殿如水円清大居士碑 - 天神の化身 黒田如水 -
概 要 戦国乱世を戦い抜き筑前福岡藩の祖となった黒田如で、二十句も連ねていながら表現上の無理は見られず、如水の生涯が高らかに歌い上げられている。注目すべき... -
溺死海会塔 -哀籲の声、波とともに湧く-
概 要 寛政7年(1795)秋、因幡国千塔」とは、溺死者の霊魂を招き集め供養するための塔という意で、ここで供養が続けられていくことが想定されたらしい。造立のすぐ... -
雪災紀念碑 -山村を埋めた雪崩-
概 要 大正7年(1918)に新潟県の三俣などの救済活動を事細かに記しており、彼らへの謝恩が建碑の主目的だろう。石碑背面にびっしりと刻まれる150以上もの男女人名は... -
震災紀念之碑 -平生にありて災異をわすれず-
概 要 明治5年(1872)、浜かったこと、上下震動で家屋が倒壊したこと、地震前の自然現象などを列記し、減災啓発の意図がある。儒学を修めた撰者の文体は整っており...